Sandersonia by.Show

"Iknow nothing except the fact of my ignorance"


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Sandersonia
October 30, 2009
kiske:

wireframes:

sketch to screen: vimeo groups video approval page (via soxiam)

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女性のコレクター魂は、「好きなものに囲まれたい」という気持ちから出てきています。

集めて、それらのグッズに囲まれて、幸せな気分に浸る。
これが女性のコレクター魂なのです。


■世界を再現したい

ところが、男性のコレクションのやり方は違っています。
男性はコレクションを集めることで、その世界を再現しようとするのです。

この男性のコレクター魂を見ると、男性に流行する商品の作り方が見えてきたりします。
男性向け商品で流行させたい場合には、以下の3つのことに注目すると上手くいきます。
(1)最初は安い価格で(つまり入り口はオープンにして)、ある程度の使える状態にしておく。
(2)最初に買ったモノを拡張できるようにしておき、コレクター魂に火をつけるようにする
(3)なかなか手に入らないもの(レアアイテム)を作り、ものすごく高いハードルを作る

男心と女心: コレクター魂

なるほど~

(via kisato2)

(via yokokick)

(via reretlet) (via ljmp) (via wideangle)

そういう見方をすると、ネットワークゲームのアイテム課金ってのは、すごく男性向けの商売だったりして。

(via hexe) (via etecoo) (via tez600)

October 29, 2009
October 27, 2009
「Appleに入って一番感動した事として、嫁が入院したときに、2日間だけ休みを取りたいと上司のJonathan Iveに話したら、『仕事のために働いているんじゃない。家族のためにみんな働いている。だから1週間休め』と言われた事に感動した」 – 西堀 晋
onopko (via tscp) (via kml) (via otsune) (via newroutine) (via tum-espoir) (via kondot) (via yukkila) (via arkeninger) (via kasuga) (via takojima) (via kiri2)
著作権は今は複製権制御だけれど、クラウド時代にはアクセス制御にシフトするイメージ。別にシンクライアントでなくても、ユーザーのストレージにあるコンテンツへのアクセスを制御できればOK。PC世代が老いる(少数派になる)のって、30~40年程度? もっと短い?

Tristan_Tristan

いやいやいや、だから10年くらい前からLessig教授はそういう世の中になるんだから気をつけないとダメだよ、と訴え続けているわけで。だからこそのアーキテクチャ論なわけだし。PC世代が老いるのを待つ必要なんてどこにもないので30年もかからない。もしかしたらあと5年もすればそういう世の中になります。技術的な実装方法なんてどうでもよくて、著作権問題は要するに法律論の話なんです。

(via pdl2h)

(via hexe)

上述の文章は勢いだけで書いたので意味不明なところが多いはず、なので解説します。自分が著作権関連の話題にコミットしてたのは2001年から2004年あたりまでなので、その当時の知識のままです。creativecommons.orgのBlogも最近はきちんと追いかけていないので状況変わってるとは思いますが、一応メモ。

Lessig教授が1999年に世に問うた”Code: And Other Laws of Cyberspace”には、今では有名になってしまったアーキテクチャという言葉が出てきます。では、東氏や濱野氏が好んで用いるアーキテクチャとは一体どういう言葉として使われたのか。

Lessig教授のインターネットにおける法規制の考え方は、Journal of Legal Studiesの1998年6月号に掲載された”The New Chicago School”という論文がベースになっています。論文はPDFファイルで入手可能です。インターネットにおける法律論を語る上で外せないはずの論文なのですが、邦訳はまだ出ていないようです。
http://www.lessig.org/content/articles/works/LessigNewchicschool.pdf

“The New Chicago School”は訳すと「新シカゴ学派」です。ちなみに経済学におけるシカゴ学派とは全く別のものです。Lessig教授はこの論文で規制の在り方が変容してきていることを論じます。

Lessig教授は制約条件(constraints)は4つあると指摘します(p664)。

1. 法律(Law)
2. 市場(Market)
3. 規範(Norm)
4. アーキテクチャ(Architecture)

細かい内容は割愛して、旧シカゴ学派と新シカゴ学派の違いを書くと

  • 旧シカゴ学派=4つの制約条件は独立している。だから法は他の3つの制約条件に対して非介入の立場を採るべきだと主張
  • 新シカゴ学派=法が他の3つの制約条件に制約を課すことで、主体を間接的に制約することが可能だと主張し、そのような間接的な法の介入に対しても、法律学が対応できるようなアプローチが必要だと主張

と書いても何のことだかわかりにくいので図で説明。

旧シカゴ学派は中央の◎(規制対象となる主体)にこうやって規制をかけると考えます。


新シカゴ学派は中央の◎(規制対象となる主体)にこうやって規制をかけると考えます。

で、Lessig教授は、「法律が他の3つに介入して間接的に主体に対して規制をかけるようになってしまうから、私たちは法律の作られかたに対してもっと敏感であるべきですよ」と”Code: And Other Laws of Cyberspace”で論じることになります。だから”Code: And Other Laws of Cyberspace”は著作権やインターネットについて語る本であると同時に、民主主義の在り方を論じる本でもあったのです。

ここまで読むと、「あれ、Lessig教授って著作権法やインターネット法律論の専門家じゃなかったの?」と疑問に思う人もいると思います。Lessig教授は、実は最初から著作権法を専門に扱っていたわけでも、インターネットが主な活動領域でもありませんでした。彼の専門は憲法学です。では何故、彼がインターネットにおける著作権法について語る書籍を何冊も出版したのか。それは、インターネットにおいては著作権法が憲法のような扱いになるからでした。表現の自由はその表現が流通することで実現しますが、インターネット上では著作権法の在り方によってその自由が制限されるからです(では、インターネット上ではどのような自由であっても許されるべきなのか、はまた別の問題で、これはSunsteinという人が”Republic.com”という本で取り扱っています)。

で、最初の問題意識のところに戻ります。

Tristan_Tristanさんは「複製権制御」から「アクセス制御」へシフト、という話をしていました。印刷技術による情報流通の世の中から、インターネットが情報流通の主流となる世の中に変わると、「アクセス制御」による情報管理ができるようになる、と。確かにそれはその通りだと思いますが、こと著作権法の観点からみた場合、そして先に図説した新シカゴ学派の考え方に則った場合、技術的な制約条件のありかた(アーキテクチャ)は法律の在り方によってどのようにでも変換することが可能となります。つまり技術的な制約条件がどうであるか、はとどのつまりどうでも良いのです。

私が「技術的な実装方法なんてどうでもよくて、著作権問題は要するに法律論の話なんです」と書いたのは、そういう意味があってのことでした。

(via hetmek) (via etecoo) (via fukumatsu) (via joker1007)